FA装置システムのODM、ニンバリ株式会社

ニンバリ株式会社は、生産工程の省力化を図るFA装置システムのODMに特化した会社です。| 京都・福知山市

ニンバリについて

トップメッセージ

コロナショックで一時的に失業率は高まっていますが、日本経済の根本的な問題は、「少子高齢化」に起因する「人手不足」です。少ない人手で、これまで通りか、これまで以上の生産を。日本の製造業が、人口減少時代でも、もっとたくさん生産し、これまで以上の経済成長が達成できるように。ニンバリは「FAで、人手不足を乗り越える」をミッションに、がんばります。 2020年8月
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ニンバリ株式会社 代表取締役社長 杉山 俊輔

mission(使命)

FAで、人手不足を乗り越える

value(提供価値)

NINBARIのVALUE=VALUE SETをご提供できます!

values(価値観)

ニンバリは…
  1. 人を大切に、人を育て、活かします。(社員満足)
  2. ものづくりの技術のレベルアップによって高付加価値を実現し、顧客の問題解決のお手伝いをします。(顧客満足)
  3. 社会に認知され、信頼される会社を目指します。(社会満足)

事業内容

01

下請加工

02

FA装置のODM・ FAライン化

03

ロボットSIer

会社概要

会社名 ニンバリ株式会社
所在地 <本社工場>
〒620-0853 京都府福知山市長田野町2-38
TEL (0773)27-6301(代表)
FAX (0773)27-1292

<長田野工場>
〒620-0853 京都府福知山市長田野町2-68-4

<大阪営業所>
〒532-0011 大阪市淀川区西中島5-6-13 新大阪御幸ビル3階301-2号
TEL (06)6303-6500
FAX (06)6303-6565

<東京営業所>
〒110-0015 東京都台東区東上野3丁目15-14 丸山ビル206号
TEL (03)5846-8541
FAX (03)5846-8542

役員紹介

杉山 俊輔(すぎやま しゅんすけ)

1983年 東京都に生まれる
2006年 慶應義塾大学、経済学部卒業

実績・論文

慶應義塾大学大学院にて、計量経済学を専攻。在学中に書いた論文が、Economics Lettersなどの国際学術誌に掲載されるなど、統計学の手法を用いたデータ分析の楽しさを知る。同時に、大量データを解析できるITの威力を知る。2008年の卒業後はニンバリ㈱に入社し、ものづくりの楽しさを知る。ものづくりとITと統計学の手法をミックスさせた、よりスマートなものづくり(smart manufacturing)の実現を目指して、2012年に社長就任。
【審議会など】
福知山公立大学将来計画策定有識者会議(2020)
京都府、ものづくり分野人材育成研究会(2021)
京都府福知山市、まちづくり構想審議会(2021)
【論文】 “Measuring the Degree of Time Varying Market Inefficiency”
(With Mikio Ito), Economics Letters, 103 (2009), pp. 62-64. [PDF (Accepted Version at 2009/01/24)]
“Measuring the Intertemporal Elasticity of Substitution for Consumption: Some Evidence from Japan”
(With Akihiko Noda), Economics Bulletin, Vol. 30 no.1 (2010), pp. 524-533.[PDF]

桶谷 馨(おけや かおる)

1959年 福井県に生まれる
1980年 ソニー幸田(株)入社

沿革

昭和23年10月 仁張脩作が大江町にて仁張鉄工所を設立。
昭和37年7月 福知山市昭和町に工場を新設して移転。

アクセス

本社・工場(京都府福知山市)
大阪営業所(新大阪駅から徒歩5分)
東京営業所(上野駅から徒歩1分)

歴史

ニンバリは1948年、京都府福知山市で仁張脩作が創業しました。創業当時は、旋盤一つで京都府北部の大江町の田舎で、鉄の単品加工を請け負っていました。
大江町の近くにあった舞鶴の造船事業所から、厚板の溶接加工をしてほしいという依頼があり、大きな定盤を用意し、大型製缶仕事もこなすようになりました。場所が足りないので、スペースを求めて、福知山市内の昭和町の広めの工場へ引っ越しました。

大きな製缶が出来るようになると、繊維産業向けの産業機械の製作依頼を受けるようになりました。旋盤や製缶溶接などだけではなく、設計もやってほしいという声に応える形で、設計部署も設立しました。
設計製作の受注が増えると、薄板加工が出来ないことがネックとなりはじめました。薄板板金加工をやるために、大きなタレパンを置くスペースが必要です。そこでより広いスペースを求めて、長田野工業団地へ引っ越し、タレパンも購入しました。
約3500坪の土地の購入、広い工場の建築、タレパンの購入、という一連の大型投資は、当時の仁張脩作にとっては、一大決心でした。

設計、大型製缶、精密機械加工、薄板板金、ときたら、次は組立、試運転調整、現地据付工事、メンテナンスなどの業務依頼も舞い込んでくるようになりました。
自動省力化設備(FA, Factory Automation)に対する需要が高まった時代背景もあり、静的設計製作の仕事から動的設計製作の仕事へとシフトしました。
こうして、顧客の声に応える形で、ものづくりの要素技術を一つ一つ増やし、高付加価値な会社へと成長してきました。

「厚板は出来ない」「薄板は苦手」「設計はやらない」「精度の高い機械加工は苦手」「出張工事はやらない」などと言わない企業姿勢を貫いた結果、「ニンバリに頼めばなんとかなる」と言っていただけるような、お客様にとって、便利のよい製作会社になりました。
このことを、2代目社長の仁張直敏が、社長就任時の1991年に、経営理念(※現在は”VALUES[価値観]”と呼んでいます)の2番目に明文化しました。

経営理念2(※現在は”VALUES[価値観]”と呼んでいます)
ものづくりの技術のレベルアップによって高付加価値を実現し、顧客の問題解決のお手伝いをします。

この理念を受け継ぎ、業務領域を今後も拡大し、お客様にとって、もっと便利の良い製作会社になれるよう、日々努力中です。